白球回想 夏の兵庫大会史
兵庫球児100年のあしあと 11
関学中10年ぶりの兵庫王者に。
この年、全国制覇した和歌山海草中にも戦火に散った大投手が誕生した。
嶋投手のことを知りたくて以前この著書を読んだ。
甲子園歴史館にも嶋投手を知るコーナーがあるのでぜひ覗いてみてほしい。
私が高校野球に魅了され、今があるのは関西学院の選手たち。
この記事に出てくる70年ぶりの夏の甲子園出場の時だった。
今夏、戦後2度目の夏甲子園への挑戦がもうすぐ始まる。
第25回大会で10年ぶりに優勝した関学中ナイン(兵庫県高校野球五十年史より)
第25回大会(1939年)
~関学中 戦前最後の甲子園~
1939(昭和14)年の第25回大会は関学中(現関学)が10年ぶりに兵庫の覇権を奪回した。
「関西学院野球部百年史」によれば、投手の富樫 泰と遊撃手の冨樫 淳、
二塁手の須古 治と中堅手の須古 真はともに兄弟。
2組の兄弟選手を擁して夏の代表の座をつかんだ。
全国大会では1回戦で満州代表の天津商に大勝し、2回戦で長野商に敗れた。
同大会を制した和歌山・海草中のエース嶋 清一は全5試合を完封し、
準決勝、決勝はいずれも無安打無得点試合。
球史に残る快投を演じた。
第1回大会から参加し、日本一にも輝いた古豪・関学は39年が戦前最後の甲子園出場となった。
以降は長い空白期間に入り、復活を果たしたのは98年春の選抜大会。
戦後初の夏の兵庫大会優勝は2009年で、実に70年のブランクを経て返り咲いた。
神戸新聞 松本大輔氏
兵庫球児100年のあしあと 1
激闘の譜 第100回へつなぐ
第1回大会(1915年)~神戸二中 逆転で初代王者~
兵庫球児100年のあしあと 2
第2回~9回大会(1916~1923年)
~第2~4回 関学中3連覇~
~第5回 神戸一中 初の全国制覇~
兵庫球児100年のあしあと 3
第10回~13回大会(1924~27年)
~第一神港商 未倒の4連覇~
兵庫球児100年のあしあと 4
第14回大会(1928年)
~甲陽中 延長制し聖地へ~
第15回大会(1929年)
~関学中 昭和初期に隆盛~
兵庫球児100年のあしあと 5
第16回大会(1930年)
~甲陽中 怪腕下し3度目~
兵庫球児100年のあしあと 6
第17回大会(1931年)
~第一神港商 岸本擁しV
兵庫球児100年のあしあと 7
第18回~20回大会(1932~34年)
~新鋭の明石中 黄金期築く~
兵庫球児100年のあしあと 8
第21回大会(1935年)
~育英商、名門の道~
第22回大会(1936年)
~育英商V2、全国区に~
兵庫球児100年のあしあと 9
第23回大会(1937年)
~滝川中、念願の初優勝~
兵庫球児100年のあしあと 10
第24回大会(1938年)
~甲陽中、別当 薫が君臨~