雪下出麦 ゆきわたりてむぎいずると読む。
寒い冬、厚い雪の下で春を待つ麦は、ひっそりと芽吹いているという意味を持つ。
正に、春に向かって頑張っている球児たちを重ねた。
大阪紙面のコラム『内田雅也の追球』の著者 内田雅也氏は
毎年、元日に甲子園球場で初日の出を見られ、
今年の元日、三塁アルプススタンドから昇りかけた初日の出をご覧になられ、
雪下出麦の意味に重ね、「元日 甲子園の誓いと祈り」(スポニチアネックス)と題され
私が心動かされた方々の言葉を用いてれてご心境を綴られておられるのを拝見し、
芽吹きを待つ球児たちへ読んで欲しいなと思いご紹介したいと思います。
静かな気持ちで今の自分を見つめることができると思います。
【内田雅也の広角追球】
甲子園球場で初日の出を拝むようになって4年目になる。
今年も夜明け前に訪ねた。
まだ薄暗く、正面玄関前は「阪神甲子園球場」の真白な照明に照らされていた。
広場に1羽、白い羽に、ところどころ黒が交じったハトがいた。
酉(とり)年の白と黒である。
勝負をつかさどる鳥なのかもしれない。
午前7時、関係者出入り口で警備員の男性と新年のあいさつを交わし、
球場内に入った。エレベーターで4階の記者席に上がる。
例年同様、静かだった。物音のない世界である。
時折、海鳥が上空を横切る。
整地されたグラウンドが美しい。
厳かで清らかな淑気(しゅくき)が満ちていた。
阪神園芸のグラウンドキーパーたちが立てたのだろう。
マウンド上には注連(しめ)飾りがあった。
「しめ」は占めるの意味だという。
神が占有している場所を明らかにするための縄である。
確かに、甲子園球場には女神や魔物が棲(す)んでいる。
戦前は「東アルプス」と呼んだように、甲子園球場の朝日は三塁側アルプススタンドから昇る。
7時14分、その東の空が赤みがかってきた。
雲は切れている。
空は美しく初茜(はつあかね)に染まった。
そして、光が差した。御来光である。
午前7時17分、甲子園に初日の出が顔を出した。
黄金色の光が一塁側内野スタンドを照らし、輝いている。
その神々しさに感慨深く、祈らずにはいられない。
日本野球の聖地と言われる甲子園である。
本拠地とする阪神タイガースはもちろん、春夏に熱闘が展開される高校野球、
そしてすべての野球人の幸運と球運を祈った。
風はないが、空気は冷たかった。
球春は遠く、季節は七十二候の「雪下出麦」。「ゆきわたりてむぎいずる」と読む。
寒い冬、厚い雪の下で春を待つ麦は、ひっそりと芽吹いている。
年末12月30日、89歳で逝ったノートルダム清心学園(岡山市)理事長
渡辺和子さんの著書『置かれた場合で咲きなさい』(幻冬舎)に
<どうしても咲けない時もあります>とあった。
<雨風が強い時、日照り続きで咲けない日、そんな時には無理に咲かなくてもいい。
その代わりに、根を下へ下へと降ろして、根を張るのです。
次に咲く花が、より大きく美しいものとなるために>
興南高校監督・我喜屋優さんは2010年のセンバツで初優勝した翌日、
朝の散歩で部員たちに告げたそうだ。
「これまでやってきた、小さなことの積み重ねを忘れてはいけない。
今日から、次の花を咲かせるための根っこづくりをしていこう」
著書『逆境を生き抜く力』(WAVE出版)にある。
<どんなに美しい花も、いつか必ず散るときがくる。
そして散った花は元には戻らない。
けれども根っこをちゃんと育てていけば、きっとまた美しい花が咲く>。
同年夏も優勝し、春夏連覇を達成した。
人生には苦しく、辛いことも多い。そんな時も小さな努力を重ねていきたい。
雨や嵐や日照りの日ばかりではない。
こんなにも美しく、希望に満ちた光景に出会える。
もう幾度も書いてきたが、野球は人生に似る。
大阪紙面のコラム『内田雅也の追球』はおかげさまで11年目を迎える。
元日の甲子園で誓いを新たにした。(編集委員)
◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963年2月、和歌山市生まれ。
小学校卒業文集『21世紀のぼくたち』で「野球の記者をしている」と書いた。
桐蔭高(旧制和歌山中)時代は怪腕。慶大卒。
85年入社から野球担当一筋。
2007年から大阪紙面でコラム『内田雅也の追球』を担当。